地元の駅には、思ったよりもとても早く着いた。

着くまでには読み終わるだろうと思っていた薄い文庫本は、半分も読み終えることが

できなかった。


こんな、あっという間の距離なのに。

今はそう思えるけれど、少し前まで東京と地元はとてもとても遠い世界だと思い込んでいた。

大事な人さえ手放さなければならないほど、遠い世界だと。


降り立った駅のホーム、改札を出たところで、わたしは立ち止まった。

手に持っていた、エルメスのフール・トゥをもう少しで落としてしまいそうだった。

「てっちゃん・・・」


大きな宣伝用の看板、地元の大学の広告の隣にはやはり、J1に昇格した地元の

サッカーチームの広告がでかでかと張り出されていた。


黄色を基調にしたユニフォーム姿の選手達が肩を組んで、前かがみになってずらっと

整列しているその中に、てっちゃんがいた。

真剣な表情で、こっちをじっと見据えているように見えるその表情は、何度も応援に行った

サッカーの試合でよく見たものだった。


一番よく覚えているのは、県大の決勝の日。この試合に勝てば全国に行けるという大事な試合は、

最初から最後まで、雨に降られていた。それも、かなりの。


正直、応援するのもかなり辛かった。だから、プレーする方はもっと大変だったんだと思う。

自分でも「似合うっしょ」と笑いながらよく言っていた黒と白の太いストライプのユニフォームは泥

だらけで、その上雨でびしょびしょに濡れいていた。

雨が大嫌いのくせに、試合となるとそんなことにはお構いなしにボールを追って走るてっちゃんは

文句なしにかっこよかった。試合では、いつもはふざけてばかりのてっちゃんの、真剣な表情や夢

に対する熱い思いに触れることができるから、わたしは応援に行くのが好きだった。


2-1で勝ち、全国行きが決まった瞬間、わたしの所へ来て

「ユリ~!!俺らこれで全国行けるぞ~!!!!」

泥だらけのままでわたしに抱きついてきたから、わたしの制服まで泥だらけになって。

そのまま2人、お互いの姿を笑いあいながら、家へ帰ったっけ・・・


看板の前から立ち去ることができないわたしの前を、この街の冬には不似合いなほどスカート

を短くした女子高生がおしゃべりしながら2人通りすぎた。


『ねー、こないだのグランソルの試合見たぁ? 玉木哲哉、超かっこよかったよね!』

『見た見たぁ! あの人って、たしかN高の出身らしいじゃん』


女子高生のおしゃべりが耳に入り、その瞬間に思い出は、ぱちんとはじけて消えた。

あの頃、この街にはてっちゃんの隣で笑うわたしが確かにいた。

けれど、それは今じゃない。どんなに懐かしく思っても、もう戻れない。